日本経済と農業 vol.4
January 12, 2005
(「福井の科学者〜地域に根ざす科学者運動〜」No.90/2003年2月掲載)山崎一之
4) 農家はどうすればいいのか
日本の農家といっても、北海道から九州、沖縄まで各々経営形態は違うわけで、一言では断言できない。ただ、一般的に言えることは、農水省は、国がかわらない限り農水省も買われないというするならば、この状況を各々が個別で切り拓いていく以外、方法はないのである。一生懸命働けば暮らしていける時代はとっくに過ぎ去り、働き、考え、行動しない限り建ても農家を支えてくれない、ということである。一部の特産品をつくれる地域と農協は潤うが、あとのほとんどの農家が輸入食品と闘うことを余儀なくされ、ただ言われたものを作っているだけでは数年のうちに心身ともに疲れ果てギブアップしてしまう可能性の方が大きいと思われる。
観光農業、グリーンツーリズム、農家民宿、加工販売、有機農業…、農家が生きのびる方法は出そろってきたが、前述した通り、これらのヨーロッパ方式は政府の協力な理想と国民の理解と支持がないと一般的には普及しないものである。日本では、この背景が全くといっていいほどないので、これら、ヨーロッパ方式をとろうとした場合、ほとんど独力で遂行しなければならないという困難性をよく理解する必要がある。いずれ国も動き出す時はくるだろうが、数年されも待てない現在、農家個々は決断をせまられている。とことん農業生産者として生き抜くか、設備投資はせずやれるところまでやるか、ヨーロッパ方式のどれかを取り入れて、地域内自給券を確立するパイオニアになるのか。その決定権を男の主導でやるよりも、女の主導でやる方が、地域の時代の先取りができる可能性は大きい。なぜなら男は、大量生産、大量輸送システムの時代には、能力を発揮できる人が多いが、生活を重視した地域内経済圏の中では、女性の方がより決定的な能力を発揮できる可能性が高いからである。そういう意味で地方の時代は女性の時代であるとも言えるのである。
とりあえず、あと10年経てば公務員の人員整理は目途がつくはずである。そしてあらゆるシステムのきしみがぎりぎりの所にまでさし迫った状態になっているはずである。第一次ステップは農家はとにかく10年生き抜けば次の10年が見えてくるはずであるという事である。100年経てば、地方の時代を本格的に迎えているだろうが、農家にとってもサラリーマンにとっても公務員にとっても、地方の時代への移行の過程は、そう簡単ではなさそうである。しかし、その困難な情況を突破しない限り、資本主義社会では戦争を回避する道はないのである。それはつまり、地方の時代の困難を克服して実現させない限り、人類に未来はないということでもあるのだ。 完・・・






